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東京地方裁判所 平成5年(ル)567号 決定

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

1  申立の内容

債権者は、別紙請求債権目録記載の請求債権の弁済に充てるため、同目録記載の執行力のある債務名義の正本に基づき、債務者の第三債務者に対する別紙差押債権目録記載の債権の差し押さえるよう求めた。

2  申立を却下した理由

預金債権の差押命令を求めるためには、「債権を特定するに足りる事項」(民事執行規則一三三条二項)のひとつとして、取引店舗を特定する必要がある。ところが、本件の申立は取引店舗を特定せず、「第三債務者方の複数の支店に債務者の預金が存するときは、第三債務者における支店番号の若い支店から順次充当し」とするのみである。これでは、差押債権が特定されているとはいえない。

店舗の特定が必要だとする根拠は次のとおりである。

金融機関の顧客管理は店舗単位で行われているから、金融機関(第三債務者)のすべての店舗における預金債権を差し押さえた場合、金融機関としては、すべての店舗相互間で、次のような連絡・調整作業をしなければならなくなる。まず、差し押さえられた部分を誤つて払い戻してしまう危険を避けるために、すべての店舗に対して差押のあつた事実を連絡しなければならない。また、差押の効力の及んでいない部分については、払戻請求があれば直ちに応じる義務があり、かつ、払戻請求は差押の直後にもなされる可能性があるから、金融機関としては、どの範囲に差押の効力が及び、どの範囲には及ばないのかを、直ちに把握する切実な必要が生じることになる。そしてそのためには、個々の店舗においてその店舗における債務者の預金状況を把握するだけでは不十分であり、他のすべての店舗における債務者の預金状況を把握することが不可欠となる。結局、金融機関としては、以上の作業、つまりすべての店舗に対して差押のあつたことを連絡し、かつ、すべての店舗が他のすべての店舗における債務者の預金状況を把握するという作業を、ほとんど一瞬の間にする必要が出てくるわけである。

取引店舗の特定をしなければ債権の特定に欠けると判断すべきかどうかは、金融機関に対してこのような作業を求めることが不当に大きな負担を強いるものだと考えるかどうかにかかる。逆にいえば、取引店舗を特定しなくてもよいというためには金融機関に対してこのような作業を求めても不当に大きな負担を強いることにはならないことを証明する必要がある。

なお、その際に問題なのは、本件の第三債務者がこのような作業をする能力を有するかどうかではなく、およそ一般に金融機関というもの(規模の大きなものも、小さなものもある。)がそのような能力を有するかどうかだということに注意する必要がある。というのは、執行実務においては個々の事件ごとに証拠判断を加えて個別に差押の可否を検討するということは不可能であり、一般的・定型的な処理をせざるをえないものだからである。

さて、債権者は以下のような主張をするが、いずれも上記の証明とはなつていない。

(1) まず、パソコン通信による顧客預金管理システムを備えていないような金融機関は皆無だと主張する。

だが、預金口座の数や取引の回数がきわめてを膨大な量にのぼることは常識であり、パソコンによつて預金管理ができるとは到底信じられない。少なくとも、その証拠はまつたく提出されていない。

(2) また、CD(現金自動支払機)を備えていない金融機関は皆無であり、CDはどこの支店においても他の支店の預金を引き出せるものであるから、どこの支店に誰の預金がどれだけあるかを瞬時にして把握できるシステムがすべての金融機関に存在すると主張する。

しかし、CDで取引をする際には、預金口座を特定するための情報(店舗名、預金の種類及び口座番号)がカードから入力されるはずである。債務者の住所と氏名を特定しただけでその債務者の利用している預金口座(複数の口座が存在しうる。)をすべて特定できるとは考えられない。少なくともその証拠はない。

(3) さらに、取り敢えずファクシミリで「当該預金者の預金が差し押さえられたから暫くは引き出しに来ても応じず、早急に預金者の預金残高を本店に連絡するよう」連絡し、各支店からの連絡を受けて本店が差し押さえられる預金を判断して各支店に連絡する、という形にすればよい、とも主張する。

けれども、ファクシミリによる連絡が常に即時に行えるものかどうかは疑問である、というのは、金融機関は多数の店舗を有しているため、送信するだけでかなりの時間を要する可能性があるし、また、ファクシミリの前に常に職員が待機しているというものではないため、受信してもしばらくの間は誰もそれに気付かないという事態がしばしば生じるものだからである。それに、「暫くは引き出しに来ても応じ」ないように連絡すればよい、との主張も、金融機関としては、差押の効力の及ばない部分については、払戻請求があり次第直ちに払戻をする義務があることを考慮すると、実情に合わない主張であるというほかない。

(4) 銀行以外にも多数の支店を有する企業があり、そのような企業を第三債務者とする債権差押命令を求める場合については支店の特定が要求されていないのであるから、銀行だけを特別扱いする理由はないとも主張する。

けれども、金融機関の有する店舗の数や取引(預金口座)の数は一般の企業と比較にならないほど多いことを考慮すると、通常の企業の場合と同じ取扱をすべきであるとはいえない。

(裁判官 村上正敏)

《当事者》

債権者 株式会社甲野

代表者代表取締役 乙山太郎

債権者訴訟代理人弁護士 中村貴之

債務者 丙川電線株式会社

代表者代表取締役 丙川春夫

第三債務者 株式会社戊田銀行

代表者代表取締役 甲田松夫

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